Voice Blog

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Voice Blog 「ハウススタジオのお話」

こんにちわ。

ハウススタジオは不思議な家です。
一軒家やマンションの一室をスタジオに改造したこの家には
連日、その日限り、そのドラマ限りの「家族」が住み、「家族」を演じて帰っていきます。

ボク自身、監督生活の中でたくさんの「家族」を作ってきました。
怪獣と戦い、地球を守る「GOKAZOKU隊」という家族、
おじいちゃんやおばあちゃんも交じって部屋でラインダンスを始めるおもしろ家族、
ホーネットワークカメラを上手に使ってコミュニケーションを取っているイマドキな家族。
アンパンマンが大好きな愉快なパパ率いる3人家族、
保険について近所の奥様たちと語り合うママがいるしっかり家族…などなど。
数え上げればきりがないくらいです。

その時だけのパパやママ、その時だけの娘や息子、
その時だけのおじいちゃんやおばあちゃんたちが組み合わせられ、
カメラの前でその時だけの家族を演じます。
それはカメラを通しては実によくできた家族なのですが、
撮影がおわってその家族が去った後のガラ~ンとしたリビングを眺めると
なんだかちょっとせつない気持ちがしてきます。

ハウススタジオは不思議な家です。
それは、「架空の家族が住む、架空の家」…。
誰も住むことのない、「家であって家でない家」…。
おそらく今日もたくさんのハウススタジオでたくさんの新しい家族が生まれていることでしょう。
「おはようございます」に始まって「おつかれさまでした~」と言って消えてゆく
それはそれは不思議な不思議な家族の家です…。

…ということで今日は「家であって家でない家」、
ハウススタジオの誰もいないリビングをちょと切ない気持ちで眺めながらお届けしました。

では、また。

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Voice Blog 「ラジオドラマのお話」

こんにちわ。

ラジオドラマは音だけでその全ての世界感が表現されます。
セリフ、ナレーション、効果音、音楽が一体となって
ひとつのストーリーに聴く人たちを導きます。
映像のない分だけ、ラジオドラマは聴いている人の想像をかき立ててくれます。
そんな想像の幅の広いその世界がボクは小さい頃から大好きでした。
音を聴いて色を想像する。音を聴いて表情や仕草を想像する。
それは小さい頃のボクにとってはこの上なく面白い世界でした。
でも、逆に言えば聴いている人の想像力が試されてしまうのがラジオドラマ。
高密度な情報が氾濫する現代は、すべてが丸見え状態になってしまっていて
人の想像力を必要とする幅がどんどん狭められていっているような気がします。
さらに言えば情報過多な環境が人の「五感」すべてを
衰えさせていってしまっているような気がします。
「五感」が衰えれば、さらに人の「第六感」も失われてしまいそうです。
第六感は「気配」を感じる大切なチカラ。
ある種、自分を守るための本能に近いチカラです。
だから想像すること、感じることを研くことは人にとって大切なことだと思います。
そのためにも想像力の訓練のひとつとしてもラジオドラマというものが
これから少しでも増えるようにと願っています。
もちろん作る側に立ったら大変な作業ですけど…。

…ということで今日は録音ブースを眺めながら、ちょっとマジメにお届けしました。

では、また。

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Voice Blog 「郵便ポストのひとりごと」

こんにちわ。
ボクは銀座のとあるビルの中に住んでいる郵便ポストです。

ポストという仕事は自分はただ立っているだけで様々な人と出会える仕事です。
そして24時間365日、沢山の喜怒哀楽を受け付ける仕事でもあります。
愛する人へのラブレター、ちょっと怒りの抗議のお手紙、
愛想のない支払い通知、人を惑わすダイレクトメール…。
ボクのオナカ中はいつもいろいろな感情で一杯です。
ときどき胃薬が欲しいかな、と思うときだってあるのです。

今でこそインターネット上のメイルというヤツに押され気味ですが、
手紙というものが無くなる日は決して来ないとボクは思います。
手から手へ届く紙だから手紙…。
手紙は相手に届くまでに旅をします。
車に乗ったり、船に乗ったり、貨物電車に乗ったり、時には飛行機に乗ったり、
そして最後には自転車に乗ったり…。
手紙が待ち遠しいのはその手紙そのものの旅の時間があるからだと思います。

確かに送信した瞬間に相手に届くインターネット上のメールは素晴らしく便利だと思います。
でも旅をする手紙というものにボクは深い思い入れをを持っています。
そしてもちろん手紙にとっての「旅の入り口」である郵便ポストという仕事に
ボクは誇りを持っています。

ただ、一点…正直に言ってしまうと、ボク、一度でいいから他の仲間と同じように
お日様の下で働いてみたいです…。別にグチではないんですけど…。

…ということで今日は、なぜかビルの中に住んでいる郵便ポストくんのヒトリゴトをお送りしました。

では、また。

 

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Voice Blog 「ひとり旅のお話」

こんにちわ。

ひとり旅は行く先々で出会う人や、訪れる場所の空気と
一対一のキャッチボールをしに行くようなものです。
その場その場で自分に投げられたボールをどう受け取るか、
どう投げ返すかは自分次第…。

実は先日、そんなひとり旅をしてきました。
アトリエを出てから再びアトリエに戻るまで、全57時間のひとり旅。
広島の呉ではたくさんの、まか不思議なひこうき雲に出会い、
福山の鞆の浦では、仙酔島というまるで「ひょっこりひょうたん島」のような島に渡り、
流木に座ってビーチで潮騒の音を聴き、
急な山道を登っては野鳥の声に耳を傾け、時を過ごしていました。

そして今回の旅で乗った乗り物は、新幹線に始まり、各駅停車の在来線、フェリー、
路面電車、バス、
小型の渡し船…。
訪れた目的地の場所は全部で5カ所。
弾丸ツアーのような時間の使い方をしたせいなのか、
今では、まるで自分がタイムスリップしてたような不思議な感覚が残っています。

中学校の頃、初めて自転車でひとり旅に出て以来、
ボクにとってのひとり旅はこの上のない想い出を作ってくれるステキな旅です。
ひとりぼっちで行くからこそ、自分のアンテナが敏感になって
いろんなものを見つけさせてくれるのかも知れません…。

ひとり旅は決してひとりぼっちの寂しい旅ではなく、
ひとりの自分に何かが集まってくれる楽しい楽しい旅なんだと思います。

…ということで今日は旅の途中で出会った景色を思い出しながらお届けしました。

では、また…。

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Voice Blog 「針のない時計のお話」

こんにちは。

今年最後の旅の終わりに出会ったのは「針のない時計」でした。
それは取り壊しを待つ東京中央郵便局の壁から、75年もの間、
丸の内の時の流れを見守ってきた時の番人のような時計でした。

旅を終え、東京駅から出てきたボクは、この「針のない時計」の不思議な存在感に
眼を奪われながら、いろいろな思いを巡らせていました。
最初のうちは、もしかしたらこの時計は、針を外されることで、
自分自身が刻んできた時間という呪縛からやっと解放されてホッとしているんじゃないか、
なんて思っていたのですが、この「針のない時計」を見れば見るほど、
自分に何かを問いかけられているような気分になってきたのです。

「時間の感覚はひとそれぞれ違っているんだから、
あなたがお好きなように針をかければいいんですよ」と
この時計が誘っているように思えたり、
「あなたの人生は今、何時何分ですか?」とシュールに問いかけられてる気にもなったり、
一方で、「人生を動かしているのは決して時間ではなく、
あなたそのもの…つまり本当の時計の針はあなた自身なんですよ」と
言われているような気がしたり…。

寒空の下でしばらくこの時計とにらめっこすることになってしまいました。
あ、もともと時間を刻む役割を果たして初めて時計と呼ばれるワケですから、針を失った時点で、
もうボクの目の前にあるのは時計ですらなかったのかも知れませんけど…。

旅の終わりにこの時計が現れたのには意味があるように思えて仕方がありませんでした。
で、ボクの結論は「新しいあなたへのスタート時間はあなた自身で決めなさい。
あなたがあなたのスタートの針を掛けなさい」って言ってくれようとしているのかな、
というところに落ち着きました。
ま、自分にとって一番都合のいい解釈ですけど…。

さて、みなさんはこの「針のない時計」にどんな思いを巡らせるでしょうか?
案外そこに来年の自分や、もっと先の自分へのヒントが何か隠されているのかも知れません…。

…ということで、今日は旅の終わりに出会った、「針のない時計」を眺めながらお届けしました。
ところで、東京中央郵便局の竣工は1933年12月25日のクリスマス。
たくさんの人の思いを運ぶ手紙とういものを扱う建物としては、
ちょっとロマンチックなお誕生日のような気がします…。

では、よいお年を…。

 

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